(49)みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え

百人一首49番歌


御垣守(みかきもり)
衛士のたく火の
夜は燃え
昼は消えつつ
物をこそ思へ


「詞花集」7-225

by 大中臣能宣(よしのぶ)朝臣
921~991
梨壺の5人の1人
36歌仙の1人
伊勢神宮の祭主



宮中の門を守る衛士が焚く火が、夜は燃え昼は消えているように、恋の想いも浮き沈みします。



大中臣能宣
(おおなかとみのよしのぶ)
天歴5年(951年)梨壺の5人の1人に選ばれて和歌所寄人となり、「万葉集」の訓読と「後撰和歌集」の撰集にあたりました。
冷泉天皇円融天皇の大嘗会和歌を詠進し、円融天皇花山天皇に家集を召されています。

百人一首49番歌は能宣作では無いという説もあります)



Wikipediaによると、
大中臣氏の始祖は、中臣鎌足の甥でした。
鎌足が藤原姓を賜った時に藤原姓を名乗りました。
2代目の不比等の時に藤原姓は不比等とその子孫のみとされ、中臣姓に戻りました。
孝謙天皇の時に「大中臣」姓を賜わりました。
大中臣氏は、神祇伯や伊勢祭主を世襲しました。

平安時代は、大中臣能宣、息子の大中臣輔親、孫の伊勢大輔(61番歌)が歌人として事績を残しています。