(61)いにしへの奈良の都の八重ざくら

百人一首61番歌

いにしへの
奈良の都の
八重ざくら
今日九重(ここのえ)に
匂ひぬるかな

「詞花集」春29


by 伊勢大輔(いせのたいふ)
生没年未詳
大中臣能宣(49番歌)の孫
中宮彰子の女房
紫式部の後輩

大中臣氏は代々伊勢の祭主で、父輔親が神祇官の大輔だったため、伊勢大輔とよばれます。


今日九重に=
今日と京をかけて
九重=宮中のこと

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伊勢大輔が新人の頃、奈良から宮中に届けられた献上品の八重桜を、宮中で受け取る役に抜擢されました。

その時、藤原道長から急に即興で歌を詠むようにと言われて即座に返した歌。

「かつての奈良の栄華をしのばせる華やかな八重桜が、今の帝の御代の今日、宮中(九重)でさらにひときわ美しく咲き誇っています。」

今の宮中を褒め称える見事な歌を詠んだ伊勢大輔に、中宮彰子が喜ばれて返歌を詠まれたと「伊勢大輔集」に書かれているそうです。

「九重に にほふを見れば 桜狩り 重ねてきたる 春かとぞ思ふ(彰子)」
宮中に咲き匂う桜を見れば、再びの花見、二度目の春がきたかと思われる。
(この歌は紫式部の代作のようです。)

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中宮彰子に仕えた伊勢大輔は、紫式部和泉式部とも親しい関係で、高階成順(たかしなのなりのぶ)と結婚し、二男三女を儲けて娘も勅撰歌人となりました。

晩年には白川天皇の養育係に任ぜられています。

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60番歌、61番歌ともに即興の歌が並びました。

60番歌の小式部内侍は短命でしたが、
伊勢大輔は、70歳以上まで生きたそうです。


61番歌~奈良の八重桜~は、百人一首にある6首の桜の歌のひとつです。


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